【物語】魔法立国ミテナイナ 第1話
第1回 公園の出会い
――ついてない。せっかく4時間目で授業が終わったってのに、今日は結局、誰とも遊ぶ約束ができなかった。
諒は小さなアパートの一室に、母親と2人で暮らしていた。ただでさえ退屈なのに、家に着いたらまだ母親も帰ってきていなかった。夜まで仕事なのかもしれない。このままたいした遊び道具もない部屋で、一人でだらだら過ごすなんて耐えられない。
近くの公園に行けば、誰かいるかもしれない。
そんな気持ちで、アパートの目と鼻の先にある小さな公園に出かけた。こういうとき、公園が近いのはありがたい。
その公園は「見手第3公園」という、どこの住宅地にもあるような小さな公園だった。ブランコとすべり台と砂場、それからベンチがあるくらいで、特にこれと言って珍しいものはない。

(資料画像を加工)
いつもなら誰かしら遊びに来ているのに、今日に限って静まりかえっていた。
そこに居たのはたった1人。いつもこの公園にいるけど、とても遊び相手になりそうもない人だった。
「なんだ。誰かと思ったら、おいちゃんか」
諒はがっかりした気持ちを吐き出すように言った。
ベンチに腰をおろしていたのは、少しよれた帽子をかぶった年配の男の人。みんなから“おいちゃん”と呼ばれている。でも、ふだんは誰も彼に近づこうはとしない。なぜなら、髪はぼさぼさで、しゃべり方もちょっと変わっていて、みんなからは「フシンシャ」なんて呼ばれていたからだ。
諒に声をかけられたおいちゃんは、ゆっくりと顔を上げた。
「どうした、小僧。今日はめずらしく、一人で公園か」
「おいちゃんは、いつもとおなじく、1人だね」
諒は、少しからかうように返した。
「……あぁ。まあな。しかし小僧、いつもいっしょにいる友だちはどうした?」
「みんな忙しいんだよ。和輝と結衣は習い事だし、光紀は親が病気かなんかですぐ帰るって。夕弦も今日は、なんか知らないけど、家の用事だって」
諒はちょっとムッとしながら答えたのに、おいちゃんは、ふむふむと小さくうなずいた。諒の話をちゃんと聞いてくれる人は、意外と少ない。
「そりゃさみしいな。おかあさんや、おとうさんは? いっしょに遊んでもらえんのか」
諒はひとつ大きなため息をついてから、空を見上げた。大きな雲が空を流れている。
「無理無理。かあちゃんは仕事。とーちゃんはもともといないよ。うちで1人はひまだから、誰か知り合いいないかなって、公園に来てみたわけ」
「おぉ、そうかそうか。それじゃぁ、おいちゃんがいて良かったな。どうだ。たまにはおいちゃんと、遊んでみないか」
「うわっ、きっも」
諒はそんな言葉をつい口にしてしまった。でも、おいちゃんを傷つけそうな気がして、言葉を続けた。
「そういうのやめなよ、おいちゃん。そういうこと言うから、周りみんな、おいちゃんのことフシンシャって呼んで近づかないんだよ」
「なに? 不審者?」
「そうだよ。キモいフシンシャだって」
「キモい……か。うむ。それは、まいったな」
おいちゃんは少しうつむき、頭をかきながらそうつぶやいた。やっぱり傷ついたかもしれない。
「でもさ、おいちゃんは、ほんとは悪い人じゃないでしょ」
「おぉ、わかってくれるか」
おいちゃんが顔を上げて、諒は微笑んだ。
「うん。なんか、そんな気がする。だってさ、本当に悪い人は、相手をだますために、もっと作戦考えてるもん。もっときれいな格好で、声のかけ方もうまそうだし。甘いお菓子とかくれそうだし」
「あぁ、確かに。わしはこんな汚い身なりをしているし、いかにもあやしい声かけをして、気前が悪いから……って、こら! そんな理由か!」
おいちゃんがお笑い芸人みたいな怒り方をして、諒は思わず笑ってしまった。
「へへへ。おいちゃん、なんか、おもしろいなぁ」
「え? そうか、それならいいんだが……」
2人の間に小さな風が吹き、空気が少し和らいだ。諒はまた、空の雲を見上げた。
「もっとなんか、みんなもおいちゃんのおもしろさを知って、フシンシャとか言わないで、仲良くなれたらいいのになぁ。そしたら、もっと毎日楽しいのに」
「おぉ。うれしいことを言ってくれるじゃないか」
「なんか、みんなが仲良くなる魔法でもないもんかなぁ……」
諒がため息をつきかけた、そのときだった。不意においちゃんは、まるで水晶玉を見つめる占い師のように、諒の目をのぞき込んだ。
「魔法か。……うん。使ってみるか?」
(第2話につづく)
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
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