【エッセイ】新しい学びの場の構想⑤ 「エコトーン」を必要とする人とは

新しい学びの場「エコトーン」構想の第5回。どんな人に来てもらうイメージなのかについて。
野島智司 2026.08.14
誰でも

ここまで構想を書いてきて、場の名称にあえて「学び」という言葉を入れたいと思うようになった。
例えば、「自然の学び場・エコトーン」とするのが良いのかなと思っている。

「学び」という言葉は、一般には、私が思うよりもずっと意味が限定されたものであるように感じている。だから、最初は入れることに抵抗があった。

私は、もっと広い意味での「学び」を大切にしたい。
ざっくり言うと、「学び」について考えることは、人が生きるということそのものを考えることだと思っている。

あえて「学び」という言葉を入れることで、エコトーンの活動を通して、一般にある「学び」という言葉の意味を問い直せるのではないか、と思ったのだ。

▼構想①〜④についてはこちらから

AIによるこれまでのまとめ

AIによるこれまでのまとめ

さて、5回目の今回は、エコトーンがどんな人から必要とされると、私がイメージしているかを、まとめておこう。

そもそもなぜ中高生主体なの?

「エコトーン」は、中高生が主体の場としてイメージしている。
(ただし、小学高学年、あるいはおとなで通う人がいてもいいとは思う。)

それは、そもそも構想①に書いたように、ホームスクーリングで育った私の実体験として、12歳ごろからほしかった場所だからというのが大きい。

私が学びたいことを学んでいるところに子どもたちがいる、というイメージを大切にしたいから、というのもある。これまでに私は、小学生との場を多く経験しているが、小学生、特に低学年くらいだと、私自身の学びの場としては限界がある気がしている。

つまり、中高生主体なのは、社会的要請というよりも、自分の思いが出発点にある。

とはいえ、それと同時に社会的な必要性も感じるようになったことが、さらに私の背中を押している。ではここからは、具体的に想定しているのはどんな人なのかを書いておく。

①自然にまつわる「好き」を探求したい人

そもそもの問題意識として、生きもの好きな人が、自分の好きを追求できるような場が必要だと思っている。

ここに関しては、学校に行っている/行っていないとか、小学生か中学生かなどは関係がない。こうもりあそびばのときのエピソードを自著にも書いたが、生きもの好きな人が「女なのに」「男なのに」とか「きもちわるい」などと否定されることなく、好きなものを好きと言える機会がとても大切だと思っている。

有名人でいえば、さかなクンさんや、片田陽依さんのような人たちのイメージ。
自分の好きを追求できていて、自分の表現手段を持っていて、本当に素敵だと思う。

そのような人たちの育ちを応援したい、というのが第一にある。

「エコトーン」では、「好き」を追求した先の選択肢も見えるようにサポートしたい。

②教科学習のサポートが必要な人

今、通信制高校に通う子どもが増えている。高校生の10人に1人が通信制という時代である。
通信制高校に所属しながら、教科学習のサポートが必要な状態にある人は、きっと少なくない。そして、どこにも所属せずに、高認の取得を目指す、かつての私のような立場の子も、きっといるだろう。希望する進学先や就職先を決めて、それにむけて学びを進めたい子もいるだろう。

私には、ホームスクーリングから大検合格、大学に進学した実体験がある。
その上で、少なくとも中高理科に関しては教員免許があり、それ以外の教科も教材制作に関わった経験があるし、カバーできる部分があるだろう。

ただ、教科学習も「やらなければいけないからやる」だけでは、ちょっと息苦しい。
教科学習をサポートするだけでなく、エコトーンでは自然体験や学問に触れることによって、一人ひとりが、教科を学ぶ意味を捉え直してくれることを期待している。

③学校外の居場所が必要な人

近年、糸島にはフリースクールが増えている。その対象の多くが、小学生である。
多様な学びの場が広がっていることは、とても有意義なことだと思う。

一方、文部科学省の統計によれば、「不登校児童生徒数」が小学生では約44人に1人であるのに対し、中学生では約15人に1人の割合である。
つまり、統計上、いわゆる「不登校」が多いのは中学生である。
居場所が必要な中学生が福岡、糸島にもたくさんいて、届いていない状況があると考えられる。

そこには、個々の事情がある。
人間関係、朝起きられない、集団が苦手、あるいはこれといった理由なんてないかもしれない。
そのなかには、「エコトーン」のような場所を必要としている人が、潜在的にきっとたくさんいる。

「エコトーン」は、「学校に戻す」ことを目指すわけではないし、迷っている子に「自分の道を突き進めばいい」と突き放すこともしたくない。今を生きる人として必要な学びを後回しにして、「社会に出る」ためだけの狭い学びの世界に閉じ込めたくはない。
ただ、誰しも弱さを抱えている一人の人間として、その思いを大切にしながら、ともに考えられる場所でありたい

④表現が好きな人

私はどこかでいつも、表現者を応援したいという気持ちがある。
私自身、文章を書いて表現する人間である。

物語、詩歌、演劇、絵本、写真、映像、音楽……。

けれど、人見知りだったり、引っ込み思案だったり、自信がなかったりして、表に出せない人も多いと思う。一人ひとりが自分の表現手段と出会い、それを否定されることなく、磨き続けられる場にしたい。それは必ず、未来につながっていく。

「エコトーン」でできることは、自然に関わる表現が主体になるだろう。

色々な可能性を受け入れたい

ほかにも、私が想定していないような利用の仕方もあるかもしれない。
それこそ大人であっても、「エコトーン」に何らかの魅力を見出してくれる人がいるならうれしい。小学高学年くらいでも、合う子はいると思う。
もし可能なら、公立学校に通いながら、あるいはほかのフリースクールに通いながら、ときどき「エコトーン」にも来るような人がいてもいい。

冒頭に書いたように、「エコトーン」は、「学び」という言葉の意味が変わるような場にしたい。
そして、「やさしく ゆっくり すこしずつ」を、自然にも、他人にも、自分にも、大切にしたいと思う人を歓迎したい。

さて、そもそもどうして私はこんな学びの場を構想するようになったか。
その背景にはもちろん私の実体験がベースにあるが、これまで出会ってきた教育学・学習論の影響もあるので、次回は、そのあたりを書いてみようと思う。

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