【エッセイ】しっかりしてないコンプレックス

自分の内面を掘り下げるようなエッセイなので、おそるおそるサポートメンバー限定記事とします。
野島智司 2026.02.15
サポートメンバー限定

私はなぜか、「しっかりしてない」という言葉に、強い不安を感じる。

それを自覚したのは最近のこと。
「しっかりする」って、漠然とした言葉だなぁと頭では思うのだけど、自分が「しっかりしていないのではないか」という不安は常に抱いているし、「しっかりしていないと見捨てられる」というような不安がいつもどこかにある。

それは、ジェンダー規範とも深く結びついている感じがある。

自分が鬱っぽくなった時期を思い返すと、たいていこの「しっかりしてない感」がきっかけになっている。
現実の誰かに、あるいは心の中で誰かに、「しっかりしてよ」と言われたことがきっかけになったり、あるいはダメ押しになったりしている。
胃がぎゅうっと縮むような感覚がある。

「しっかりしてよ」という言葉は、私のいわゆる「地雷」なのだろう。

「しっかりしてないコンプレックス」はいつから私の中に生まれたのだろう。

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