【エッセイ】新しい学びの場の構想⑧ 好きなものを好きなままで居られる場所を

新しい学びの場「ナゾラボ」構想について、いろいろな思いはあるけれど、これが中心的な柱かなというところ。
野島智司 2026.09.19
誰でも

いろいろと構想を書き連ねてきたが、私の作りたい学びの場は、自然や生きものを好きな人が、好きなままで居られるための場所である。

「好きなものを好きなままで居られる」というのは、学びを深めるための必要条件であり、個人のアイデンティティ形成の面からも、とても大切なものだ。わたしがわたしのままで居て良い、ということは、安心感のある居場所としての基礎になる。

逆に言えば、自分の「好き」を否定されることは、アイデンティティが揺さぶられる経験になってしまう。たとえ否定までされなくても、なんとなく後ろめたい、隠してしまいたい気持ちが生まれる場所というのは、自分を尊重する気持ちを消耗してしまう。

思春期になると、それまで生きものや自然が好きだったのに、あまり関心を示さなくなることがある。このような思春期に自然とのつながりが低下する傾向は、「teenage dip(思春期の谷)」などと呼ばれることがある。

ただ、関心を表に出さなくなることと、自然への興味がなくなることはイコールではない

ある研究では、森林に入った中高生が非常に多くの疑問を発し、生物多様性や進化について次々と問いを生み出していたことが指摘されており、自然への興味が消えたというよりも、その関心を発揮できる場が失われている可能性が示唆されている。
実際、私もフリースクールで子どもたちと関わっている経験から、同様のことを感じる。

思春期は「自分は何者か」「仲間からどう見られるか」ということが特に重要になる時期である。自然好きや生きもの好きという自己像が仲間集団の文化と結びつかない場合、その気持ちを表に出すことが難しくなってしまう。

本当は好きなものがあるのに、それは「子どもっぽい」「役に立たない」「男/女らしくない」「まじめっぽく見られる」などとして、自分の「好き」を隠してしまったという人は少なくないのではないだろうか。
それはやがて、「自分が何を好きなのかわからない」という感覚に展開してしまうこともあるかもしれない。

かつてよりも多様性が尊重されるようになった現代だが、それでもなお「生きもの好き」「自然好き」を否定されたり、隠したりしている人は少なくないように思う。
私は、そんな人たちのための場を作りたい。

子どももおとなも、安心して「自然が好き」「生きものが好き」あるいは「科学が好き」と言える場所。

好きなものを好きなままで居られる場所。

そして、その「好き」が、未来の学びや生き方へとつながっていることを示せる場所

ナゾマイマイ研究所を、そんな場所にしたいと願っている。

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